怖いのは当たり前と受け止める



地震や台風などの自然災害で、
避難しなきゃならない程の被害が出たとか
日々の報道を見ると怖くて怯えています。

人間の持っている防衛反応なんだろうなぁ
って思っているけれど、なんだかなぁって感じる。

大学時代に心理学を専攻していたけれど、
他人のことはぼんやりとそうなんだろうなー
って該当しそうな病名が思い浮かぶけれど
自分のことになるとさっぱりなわけで。

そうは言っても、生活に支障が出るなら
心療内科に行って薬を貰うなりしたほうが
楽になるんだろうなあって思ったりする。

最近は、震災の津波の映像が流れる前に
予告してくれるからありがたいけれども
当時は予告なしに流れていたので
メンタルに結構きてました。

ってことを、昨日のニュースを見ていて
旦那に何かを言われて思い出しました。

なんて言われたか思い出せないけど、
否定するような言い回しじゃなかったのは覚えてる〜

るるる〜

人生って、タイミングが大切


訪問ありがとうございます。

人生って、何事もタイミングって

大事だなってふと思ったから書いてます。

タイミングって大切じゃない?
何かモノに出会うのって、
タイミングだと思うんです。

出会わなければ、
欲しい・好き・通いたい・こうなりたい etc.
って思わないじゃないですか?

何かの拍子でそういうタイミングになったからこそ、
そう感じるんだと思います。私はだけどね。

だから、恋愛なんかで
知り合わなきゃよかった!!
なーんてことを感じたりするんじゃないかと。

婚活とかで「今じゃないのかな」
なーんて思ったりする人もいると思うけど、
たぶんそれって当たっていると思う。

何でって言う人もいるかもしれないけれど、
よく分からないけれど「なんか違うなあ」って
思うときがあるのに似ているのかなあ。

もちろん、この「なんか違うなあ」って
人生全部ひっくるめてね。

タイミングだけはどうすることも出来ないし、
だから何だよって言いたい人もいると思う。

私が言いたいのは、
その情報を知るタイミングって大切だよね
ってことです。

タイミングが違えば、行動するかしないかも
違うんだもの。

今日も一日いい1日になるよ〜
天気が悪くてもハッピーなことが起きるよ〜

私の好きな時間




誰にだって「好きな時間」ってあるよね?
そんな時間について書いてみた。



わたしらしいと感じるひととき
私の好きな時間は、
「エルメスのマグカップで甘いコーヒーと
お菓子を食べながらボーッとしている時間」

いつもは、子どもがいるから割れてもいいマグカップを使う。
でも、子どもが寝ていたり旦那と遊びに行っている
そんな私だけの時間には特別なエルメスのマグカップ。

それに、甘いコーヒーを入れて甘いお菓子。
ゆったりボーってします。

一人の時はテレビを消しているけれど、
旦那がいるとダラダラテレビを見てしまう。

ニュース以外あまり興味ないんだけどね。
無音の空間っていうのが嫌なのかもなあ。

って書きたくなったから書いてみる。

「本当の望み」は何かを考えてみる



「本当の望み」が何なのか考える。
それって、とても大事なことだと思っている。

「仕事が嫌だから、やめたい」ってよく聞くけれど、
その願いに含まれた理由っていくつか隠れていると思う。

上司がパワハラばかりだからやめたい。
とにかく仕事がしにくい職場だからやめたい。
通勤に時間がかかるからやめたい。

とか、いろいろと理由はあると思う。
「働くことが嫌。やめたい」って理由以外だとね。


でも、考えてみたら
「本当の望み」を何か考えることから避けている気がする。

「仕事しなくてもいい生活がしたい」から、
億単位のお金が欲しいの?
お金以外に欲しいものってないの?

それなりに素敵な別荘に行ける生活がしたいから、
エルメスのバーキンとか高級ブランドの腕時計が欲しいからとか、
何かしら欲しいものってあると思うんです。

それと同じで、
「仕事を辞めたい」にも色んな理由があって
「本当の望み」が何かを考えないと
考えるだけ無駄じゃないかって思った。

数日前に、ふと思ったんだけれども
ここ数日天気も悪くて記事にする気力がなかったから
いま記事にしているのです。

明日あたりから、また悪天候なんだよねぇ。
寒いところ苦手なんだけれどなあ、対策しなきゃ。

気が付いたら描くことよりも書くことが好きになっていた


気が付いたら描くことよりも書くことが好きになっていた。
その変化に絵心があるかないかなんて関係ないと思う。

表現することで、周りからいじられたり中傷されたり
色んな事があったけれど、書くことが好き。

きっと何かを表現することが好きなんだと思う。
大学時代もダンスサークルに入っていたくらいなので、
身体を動かすってことを重点に置いたときに選択肢として挙がるのは
ダンスだって思っている。ジャンルは関係なくね。

もし、いつか叶うのであれば作家になりたい。
ミステリー小説とか恋愛小説は書けないって思っている。
そんな小説よりは、自己啓発本みたいな
ちょっと人生においてヒントになるようなことを書く人になる。



言うだけなら自由でしょ?笑
興味がなくなったら、正直に言えばいい。
作家になれなくても、こうやって表現していくことを続ければいい。

有名になったことで、近づいてくる知り合いがいたら
いままでと変わらず避けていればいい。

私が安心して表現できる環境を作るのも私にしかできない。
できる範囲で無理のない範囲の人間関係を作るのも私の仕事だから。



なーんてことを、
ふと思い出したから書いています。

なんで思い出したのかは、
思い出せないんだけれども。笑



「書かなきゃ」って思ったから、
手の動くままに書いています。



おわり

当たり前だと感じることでも感謝をする




ふと、WOWOWで放送されていたB'zのライブを見ながら思った。



こうやって思ったことを発信したり、
食べたいって思うものを食べることができたり、
ベッドや布団で安心して眠ることができること。
その他にも、もっともっと挙げたらきりがない。

それって当たり前のようで当たり前じゃないことだと思う。

好きなアーティストを追っかけたり、
自分の夢のために何かを頑張ること。

毎日なんでもない日々なんだけれども、
何でもないように過ごしているけれど、
きっとそれって誰かが過ごしたかった幸せな時間なんだろう。



みんな自分にないものばかり求めてしまうけれど、
きっといま自分にあるものを書き出してみると
そのあるもので幸せを感じるのもいいと思う。

みんな頑張って毎日息をして生きている。
どんなに重い病気の人だって頑張って生きている。
どんなに苦しい環境にいる人だって生きている。

そんなに主張しないけれど、
誰もが頑張って毎日まいにち生きている。

そんな中、毎日おいしいご飯を食べて安心して生活できる。
それだけでも、きっと幸せなんだろう。


幸せのかたりは人それぞれだなんて、
26年生きている私でもなんとなく分かってきた。

そうはいっても、
普段何気なくボーってして過ごしてしまう日々の中にも
幸せってあるんじゃないかなって思った。

そういった当たり前だと感じることにも、
感謝をするって心を保つのに大切なんじゃないかと思った。

『無』になる時間って必要な気がする





『無』になる時間って必要な気がする。
もちろん、あれこれ考えずただボーって
している時間のことね。

あれこれ考えちゃうと、
自分がどうしたいかさえも忘れてしまう。

あれやらなきゃ、ああしなきゃっていう
『〜しなければいけない』ものばかり思い出して、
『〜やりたいなあ』っていうぼんやりしているけれど
心の欲求的なものを忘れてしまったり、
ただぼんやりとして悩みを解決するためのアイデアを出したり
目的は人それぞれなんだと思うのだけれども!!

リラックスする時間って必要だよね。
ボーってする時間って必要じゃない?

私だけなのかな。
余白とか余裕とか精神的にゆとりがあるのが好きなのは。
ジタバタもがいて頑張るのも大切なんだろうけどね。

きっと昔からの反動なんだろう。
頑張っても、頑張ってもダメだった。
理想を押し付けられて、価値観も否定されて
虐待と言ってもいいようなことをしてきたのに、
孫が生まれたら態度が変わる。

もっともっと楽になりたい。
精神的にゆとりがある暮らしが欲しい!!
精神的にゆとりがある暮らしを手に入れる!

(`・ω・´)

力を抜いてボーってする時間って大切だと思うよ。
って、最後に言って終わります。

マイナスの感情も認めることが大切


昨日、あんな記事を更新するほど落ち込んでいたんだと思う。
今朝もさらっと呟いたけれど、日記に6ページくらい
自分が溜めこんでいたマイナスな感情を吐き出して
さらに旦那にもぶつぶつ頭の整理をするように話しかけたりして
なんとか復活したのです。

まあ、日記と書いたけれど厳密にはバレットジャーナルの
デイリーログなんだけど、そんなことはどうでもいいか。

昨日書いてみてわかったことは、
「とにかく不安だし、怖かった」ってことでした。

たぶん、目に見えない恐怖と不安だと思う。
災害とか特に怖いもん。

「私が生きている間は大きな災害に遭わない」
とお守りの代わりになると思って呟いているくらい。



でもね、「怖い・不安」って感情って
溜め込めば溜め込むほどよくない方向に進むと思うし
身体的にも影響を与えるので可能なことなら
そういったマイナス思考なときに生まれる感情ほど
「私はいまこう感じているんだ」っていう事実を肯定するのも
なんだかんだ言って大切なんだなって思いました。

こう見えて心理学専攻していた私が言うのも変なんですけどね。



日記なんだけれど、ペンでぐちゃぐちゃにしてもいい。
訳も分からない不安があってもいい。



生きていればいろんなことがあるんだもん。
自分の感情は嘘つかないし、認めたっていいじゃん。
マイナス思考のネガティブ野郎でもいいじゃないか。
、、、、言い方がひどいと思うけどいいか。


私なんてマイナス思考のネガティブ野郎だけど、
心理学の授業で資料映像を見ていても
何か思い出して怖くなって授業中に抜け出すほど
メンタル弱いんだから!!!笑


そんな私でもなんだかんだ生きている。
ネガティブ野郎でもいいって思って生きている。
だから、だいじょうぶだいじょうぶ。

なーんて思いました。

訳もなく不安だし寂しい




最近、訳もなく不安だし寂しい。

なんとなく理由はわかってる。
今後来ると言われている大地震に対して、
不安に感じている。

その不安を理解しない旦那に寂しさを感じている。

幸いにも、海抜はそれなりに高いし避難所も
すぐそこだから逃げることはできる。

しかし、何も用意をしていない。
『そんなものなんていらない』
『非常持出袋はあるよ』
なーんて言うけれど、見当たらない。

言っておけば安心すると思っているのか、
それとも職場にいれば安心だしって思っているのか、
それは本人にしかわからない。

東日本大震災のときは、
私は関東に住んでいたので買占めがあった。

計画停電は海岸沿いの市町村だったので、
無かったけれど大学の入学式は自粛ってことで無しになった。



そういうことを経験してないからかな。
理解も備えもしない。

備えたから安心って訳じゃないのはわかってる。
しかし、そうは言っても小さい子どもがいると
身の安全ってすごく大切だと感じる。

耐震対策にも無関心だから、
本当にどうでもいいのかもしれないな。



それはそれでもう一度話し合わなきゃいけない。

思い出した時に、
『私は大災害に遭わない』と安定剤のように
唱えているけど効果があるといいな。



なーんて思うこの頃。

甘いものって幸せになるよね




甘いものを食べたら、

幸せだなあって思う。



あんまりたくさん食べるも、

身体に良くないんだけどね。笑







こういう些細な幸せでも、

幸せだと感じることができるのが

幸せなことなんじゃないかと思ったりもする。





幸せの大きさなんて測れないもんなあ。

結局、本当に願うのってこれだけなんだ


お金があれば欲しいものと見たい景色は、
ほとんど手に入るんじゃないかと思ってるけど
結局それっていちばんの願いは
『見たい景色を見て発狂する』ことなんじゃないかと。

発狂するって書いているけれど、
心から感動する景色や経験をしたいんだろう。

心が動いて、発狂して、
そんな経験を何度も何度もする。

それが私の願いであって夢。



お金だけが幸せじゃないんだよね。
お金は豊かさを手に入れるツールなだけなんだよね。

お金があっても不幸な人はいるし、
お金がなくても幸せな人はいるし、
お金で幸せかどうかなんてわからない。

時間は限られているからこそ、取捨選択して生きなきゃ持たない気がする


昨日も「時間は限られている」的な話を書いたと思うのだけれど、
だからこそ自分にとって無駄をなくすことが余裕ある生活をするために
必要なものの一つなんじゃないかって思っています。



お部屋が散らかっているのが嫌なら、モノを減らせばいい。
毎日のコーディネートに困るのなら、着回しできるものを中心に
洋服を買ってコーディネートの制服化をするのも一つの方法。



ちなみに、ネットでも見かけることがある
「B'zのLOVE PHANTOMを流しながら断捨離する」
っていうのもいいのかもしれない。



ストレスはストレス原因を無くさないと解消しない。
だけれども、そんなことが簡単にできるなら
たぶんとっくにやっていると私は思っています。

ストレス原因を無くすことが難しいなら、
それを減らすことを考えよう。



時間は限られているのだから、
自分らしく生きるために必要なものの取捨選択をしませんか。
余裕ある暮らしっていいよね、お金じゃない方の。

ありのままで生きる



実は(?)とてもとても性格が悪いです。
嫌いな人とはとことん影響のない範囲で距離を置くし、
ドラマを見ていても『このシーンすき!』っていうのがいくつかあります。

例えば、今日から俺は!の第1話で
スケバンに女装した主人公が相手の急所を蹴るシーンを
ニヤニヤしながら見てました。
(たぶん嫌いな人の急所蹴った経験あるからかも)

でも、そんな私もいいのです。
嫌いな人が多すぎてもいいのです。

作られた私より、
ありのままの私がすき。

きっと起業するってなったときに、
キービジュアルとか撮るときに苦労するのは
とてもとてもわかってます。

ワンピースとかゆるふわ〜な
女性らしいものも見るだけなら好きなんだけど!

自分が取り入れるってなったら別でして、
ってあるじゃない。それです。

おっと、話がずれた。

人生限られた時間なんだし、
だけども一日の時間はみんな平等なのだから
うまくやりくりしてありのままの人生を
生きたいね!!!ってことが言いたいです。

性格悪くてもいいじゃない!!
アイドルがアイドルらしくなくてもいいじゃない!!

なーんてことを思うのでした。

感情を優先するってなんだかんだで難しいい





前にも同じような内容で書いたんだけれども、
やっぱり「感情を優先する」って難しいよねって思ったり。

って言ってはみるけれど、
昔から同窓会とか卒業してから一回も参加したことない気がする
ということについ最近気が付いた。



成人式はめんどくさいけれど一応参加したけれど、
その後の同窓会はめんどくさいし意味もない根掘り葉掘り聞かれる
お付き合いをするのは私は嫌なのでサボったし。
ちなみに、なんでそんな感じなのに成人式に参加したかっていうと
その当時ボランティアの関係で成人式担当部署と関わりがあったから
そのために出ました。いつもお世話になっているから会いたかったし。笑



たぶん、昔から「私が心地いい人間関係」っていうことを
意識していたんだろうと今では思う。

「この人なんか嫌」って思ったら、離れてたし。
高校時代は別だけれど、いまとなっては別にほどんと興味ない人ばかりだからよかったのかなと思っています。きっといま楽するための出来事だったのか、そんなに興味なかったからなのかは知らないけれど学校行事もほとんどいやいやだったからなあ。卒業資格のために頑張っていたのかもww



そんなお話は置いておいて、
確かに仕事とかの付き合いで嫌いな人と付き合うこともあると思う。
でも、逆にその場限りで一生付き合うわけでもないのなら
どうしようもない場合は転職したり面談の際にちょっと話したら配置転換で離れることができたという話もちらほら見たりするし。

自分が自分であるために、何が一番大切なのか。
そういうのってどこかのタイミングで考えないといけないのかな
ってことを最近改めて思ったこの頃。

クロネコヤマトから届くはずの荷物が調査中になった話



こんにちは。さゆみん(@sayuminxyz)です。

最初に注意

いまから投稿する内容は、
5月にAmebaブログ・Ameba Owndに投稿したものです。
noteをメインにしようかなって思っているから、
編集して載せているけれど内容は一緒です。


この記事は2018/06/27 19:53にnoteで投稿したものを
一部編集して載せています。(この記事は現在noteでは公開していません)

ここにある情報は、全て投稿した時の情報なので
現在の情報と異なることがあります。ご注意ください。

荷物が調査中になっていた

書こうとしていたら、もうすぐ一週間が過ぎようとしていました。
さて、タイトルにも書いたのですが
配達予定の荷物が調査中になっていました。



これね。

私は、長期間の帰省の時にヤマト運輸で荷物を送ったり
実家からの支援物資が届いたりすることもあって
クロネコメンバーズに登録しています。

クロネコメンバーズって、
翌日荷物が届くときに通知をしてくれるので
(対応しているものもあれば対応していないこともある)

この日も別の荷物と計2つ届く予定でした。

荷物はどこにあった?

まあ、結論を言うと違う営業所に届いていたから
一緒に届かなかっただけだったという。
楽天市場で買ったんだけれども、
いままで何度も買っていてこんなのは初めてだったんだよww

(2020.02.27)
ちなみに、現在までに荷物が調査中になったのは
この時一回だけです。


荷物の宛名と登録情報を確認したけれど問題はなかったから
単なるミスだったということですね。ふう、焦った。

んでね、なんでわかったかというと
心配だから所轄のサービスセンターに電話して確認をしました。
荷物を待つより電話して聞いた方が早いし。笑

ちなみに、場合によっては立ち合いで破損がないか
チェックすることもあるとかないとか。
ネット情報で経験したわけじゃないのでホントか知らないけれど。

そんなわけです。備忘録として載せておく。
誰かの役に立たないといいけれど。

寸借詐欺に遭いかけた話



こんにちは。
先日、寸借詐欺に遭いかけました。

コンビニに用事があって買い物に行った帰りに、
みすぼらしい女性の老人の方に声を掛けられたんです。

面倒くさいなあって思いつつも、話してくるものだから
一応聞いていたけれどどう見ても怪しいからお断りしました。

話を要約すると、
最寄り駅から家まで電車で帰りたいけれど一銭もないから、
100円でもいいから恵んでくれませんか。
という話でした。

家に帰って、主人に話したら
「俺もこういうのあったよ、渡してないけれど」
って言われたので、意外と身近にあるもんだなあと。

本当に危ないと思えば、どこかに駆け込んで
助けを求めるもの一つの手段だし、
交番があれば交番に連れて行ってもいいし
公共交通機関が近ければ駅に連れて行ってもいいんだろうなあ
ってことを対策を調べて思いました。

よく道は聞かれるけれど、
まさかこんなことに遭遇するのかと驚いている。

ではでは~